5月:ある晴れた日の徒然なる&沸々なる想い
- emmaplanet14
- 5月18日
- 読了時間: 5分

EmmaPlanetのインド占星術にお越し下さる皆さま、ご無沙汰しておりました🤗
春頃からブログの更新が止まり、多忙な毎日に表での発信はストップするものの、
その間変わらず私は毎日、惑星のリサーチです。
朝はお弁当を作り、子供たちを送り出したら一通りの家事。終わるとすぐに惑星リサーチから始まり、鑑定&講座の準備です。芸能人はあまり見ませんが、トランプ大統領のチャートは常に研究対象で、彼自身の人生・チャートは非常に勉強になります。このところは時間の許す限り新たな講座のテキスト作成など準備を静々と進めている毎日です。
ただ、この半年は忙しいながらも立ち止まって考えることが多々ありました。
それは「私は、本当は誰に何を届けたいのだろうか」ということ。
去年から始めたブリッジ講座は、リピートが重なり
気付けばこの春までに何周もして下ってました。
本当にとても熱量の高い時間を一緒に経験させていただくことができたかなと思っています。毎回終わると喉・口がカラカラでした笑。
でも実際にやってみたからこそ、見えてきたことも沢山ありました。
ここはもっとこう伝えた方がいい。この部分は次からはこう修正しよう。
本当にこの部分は必要だったのか。
学びながら、お伝えさせて貰いながら、私自身もまた練り直しなど、させていただくことが出来ました。
ブリッジ講座の落ち着きとスライドするかのように、4月は子供の入学式、部活の総会、懇親会など、
家族の時間も慌ただしく過ぎていきました。
そしてそんな中で、これまでの自分が残したこの半年のブログを振り返り気付いたことは、トランジット分析があまりに深く面白く、こちらの学びにものめり込んでいましたが、私は「今日の星占い」のようなものをやりたいわけではないよな…ということがまず一点。
もちろん、星を沢山の人に届けたい気持ちには変わらないのです。
でも同時に、『本当に必要としている人に届けたい』という気持ちが、
以前よりずっと強くなっていました。
それも『学びたい』という人に。
だから一度、「星からのメッセージ」の更新も止めました。
止めてみて、改めて、限られた時間の中、
私は何を届けたいのか。誰に届けたいのか。何の為に占星術を学び、何の為に伝えようとしているのか。
それでも鑑定のご依頼は、不思議なほど、必要なタイミングでご縁が繋がっていきます。今回集中していたのは射手座ラグナの方からの鑑定依頼でした。何故だか分かりますか?インド占星術を学んでいる方は、また別でお話しましょうね。
そして毎回感じるのは、やはりインド占星術での鑑定とは、ただ未来を当てることではないなということ。(これは当たらなくて良いということでは決してありません。)
チャートからは確かに様々なことを垣間見ることが出来ます。
でもだからと言って、私が見えているもの全てを、
毎回そのままお伝えするわけでもありません。
それを聞くと、「せっかくお金を払ったのに」と思われる方もいるかもしれません。
でも私は、相談者がそれを耳にして恐怖する可能性のあるような言葉は、口にはしません。
それはお互いの為でもあります。
例えば今年、我が家の次女は浪人することになりました。
彼女にとっては、とても集中が難しい時期での受験でした。
本当に中学3年生の時と同じようなダシャーの巡りでした。親としては、あら~。
娘は私に聞きます。
「受かるかな?」
私は、「落ちるよ」とは言いません。
「落ちるかもしれないよ」とも言いません。
私は、「頑張れば受かるよ」と言います。
「だから頑張って」と言います。
もちろん、家での彼女の姿を見ていれば、受かるような姿勢ではないことも分かります。
もしかしたら、私の言葉が安心材料になってしまい、
結果的に頑張れなくなることもあるのかもしれません。
でもそれでも私は、人を追い詰める言葉を、簡単には使わないし、使えない。
どんな未来が来ても、最後は自分で受け止め、結局は自分の足で人生を歩いていかなければならないから。
そしてもし娘に、「ママの占い当たらない」と悔し紛れに言われたとしても、
私はそれでいいと思っています。
占星術師の言葉は、想像以上に深く、相談者の心に刺さることがあります。
だからこそ、言葉にはカルマが宿るのだと思います。
言葉だけでなく目線にも、言葉尻や、態度、空気その全てにおいて。
刺した矢は、必ず巡り巡って自分に返ってくる。
そして私自身の経験上、その矢は、自分の大切な人たちを通して返ってくることがある。
だから人はそこで初めて、「人を刺す」ということの本当の重さを知るのかもしれません。
そんなことを考えていた頃、ある有名な占星術師の先生が、こんな話をされていました。
「占星術は、誰にでも教えていいわけではない。教えてはいけない相手もいる。」
古典にはそう書かれているのだそうです。
でも一方で、また別のとても有名な先生はこう言います。
「インド占星術は、誰もが学ぶべき学問だ」と。
どちらが正しいのだろう。
私はその狭間で、またもや考えこみます。
そしてそんな最中、私にとってまた一つ、大きな出来事がありました。
父の死をきっかけに再会した兄が、再び去っていきました。
兄と昔、仲良くグラタンを作ったことや、バイクに乗せて貰い駅まで送ってくれたこと、
バイト代からお小遣いをこっそりくれたこと、
子供達の誕生にはすかさず駆けつけてくれたこと、色々な思い出が浮かび胸が痛みました。
人との縁、家族、兄弟、姉妹、カルマ、仕事、お金、人生。
様々なことを感じながらも、日々の家事洗濯も子供イベントも、待ってはくれません。
時は1分1秒たりとも止まってはくれません。
だからこそ私は、やっぱり結局この答えに辿り着きました。また同じ。にゃ〜。
私は、私が本当にやりたいと思うことを、ただ誠実にやっていくしなかないな、と。
誰かの正解ではなく。
誰かのやり方でもなく。
私自身が、本当に届けたいと思うものを。本当に届けたい人に。
だからこれからは、鑑定だけではなく、
「講座」という形に、より力を入れていこうと思っています。
そして、こちらのブログの更新頻度はこれからもきっと多くはありません。




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